紹介 堀尾(旧姓 金子) 眞紀子さん(9期)”女性画家10の叫び”

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紹介 堀尾(旧姓 金子)眞紀子さん、”女性画家10の叫び”

堀尾さんの活躍は多彩です。大学で教鞭をとる一方、生活の中の色彩・染織文化と社会背景の研究、国内外の造形作家、特に女性画家の研究、さらには万葉時代の生活文化など、いまも精力的に活動されています。多くの著書の中から、青少年へむけた『女性画家10の叫び』(岩波ジュニア新書、2013年初版)を通して、堀尾さんの主張と横顔をご紹介します。註:『女性画家10の叫び』は著作権者、岩波書店のご厚意により承認いただき引用しました。

          堀尾眞紀子さん プロフィール
東京芸術大学美術学部卒業、同大学院修士課程修了、フランス国立パリ美術工芸大学留
学。文化学園大学教授・造形学部長を経て、現在、同大学名誉教授。奈良県立万葉文化
館建設委員・運営委員・評議員等を歴任。NHK「日曜美術館」第3代司会者。著書に、
「画家たちの原風景〜日曜美術館から」(NHK出版、第35回日本エッセイストクラブ賞
受賞)、「鏡の中の女たち〜女性画家の自画像」文化出版局)、「絵筆は語る〜自分色
を生きた女たち」(清流出版)、「フリーダ・カーロ〜引き裂かれた自画像」(中央公
論社 中公文庫)「フリーダ・カーロとデイエゴ・リベラ」(ランダムハウス講談社)、
ほか多数。

『女性画家10の叫び』 堀尾眞紀子 著、岩波ジュニア新書、
“はじめに” 及び、“第3章フリーダ・カーロ”、

 註:第3章”フリーダ・カーロ”はPDF文書でご覧下さい。PDFファイルを表示

はじめに
みなさんは絵をかくことが好きですか。画集を開いたり、展覧会に足を運ぶことはある
でしょうか。数学や英語を勉強するのは将来役に立ちそうだから必要だけど、絵はそん
なに大事じゃないから・・・と考えている人もあるいはいるかも知れませんね。
 絵や彫刻、つまりアートとはわたしたちにとって何なのでしょうか。わたしたちの暮
らしや生き方にどんな意味をもっているのでしょう。すぐには答えられないとても大き
なテーマですね。絵が大好きで、美術大学で学んだわたしにも、はっきりとした答えが
見つかりません。でも一つだけ言えることがあります。アートはわたしたちにとって未
知の世界を次々と切りひらいてくれるものでした。わたしは子どもの頃から絵を描くの
が好きで、身近にある絵本や、今から思えばカラーページの少ない粗末な画集を繰り返
しながめていたのですが、高校生になって初めて、上野の美術館で本物の絵を見まし
た。十九世紀ヨーロッパのアングル、ドラクロアやマネ・・・見事な肖像画や風景画の
前で、わたしは息をのんで立ちつくしました。眩しい光を放つそれらの作品はわたし
に、「西洋の文化」という異質の世界への目を、大きく開かせてくれるものとなりまし
た。その感動がきっかけとなって、フランスやスペインの美術館からの名画展が開催さ
れると、わたしはワクワクして見に出かけるようになりました。

 そんなある日、東京国立近代美術館で見た「現代アメリカ絵画展」は、それまでのわ
たしの美術に対する概念をうちくだくものでした。“高尚なる”美術館の壁に、キャンベ
ルスープの缶詰がずらりと並んだ絵、コマ漫画の巨大な拡大図などがあっけらかんと展
示されていたのです。それらアメリカの作家たち、アンデイ・ウオーホルやロイ・リキ
テンスタインらの主張は、広告や印刷メデイアを抜きにして今日の文化も芸術も語りえ
ない、今日では都市空間そのものが美術であるという、つまり現実の日常生活の視点か
ら、新しい感性を切り開こうとするものだったのです。

 このことは、それまでのわたしのヨーロッパ的美意識への信仰をひっくり返す、目の
覚めるような体験でした。芸術作品とは、世の中のありようを認識する一つの手がかり
であることを、このとき知ったのです。つまりアートにはわたしたちの日常を新鮮なも
のに変える力、変えうる何かを喚起する力があることを思い知りました。

 絵と出会うことが、新しい自分の発見につながるような面白さを抱くようになってい
た頃のことです。メキシコシテイの近代美術館でわたしは一つの自画像が発する強烈な
視線に出会って、自分を曝されるようなとまどいを覚えました。その感覚はどこからく
るのか、わたしは落ち着かないままに、その画家、フリ-ダ・カーの足跡をメキシコに
追いました。そして三年の歳月を費やして自分が追い求めたものは、実は自分自身であ
ることに気がつきました。メキシコ革命の激動の時代、正直に自分を貫くことにもがき
傷ついたその葛藤を、わたしは彼女の自画像から感じたのでしょう。フリーダの生きた
軌跡をたどることを通して、わたしは、自分の生き方を問いつづけていたのだと思いま
す。

 
この経験を通して、わたしは自画像、とりわけ女性の自画像に興味をもつようになり
ました。なぜ女性なのかはその当時は自覚がありませんでしたが、今はわかります。わ
たしが興味をもった十九世紀から二十世紀にかけての女性画家たちの作品には、共通し
てある種の頸(つよ)さがあるからです。それは彼女たちが生きた時代が育んだ強靱(きょ
うじん)さといえるかも知れません。

 今は一人ひとりの個性が尊重され男女で差別されることも少なくなっています。しか
しほんの少し時代を遡(さかのぼ)ると、国家のために、あるいは家父長制のもとに、個
人が犠牲になり、女性が虐げられていた時期が長く続きました。そんな時代にも、世間
が求める女性像に満足しない、自立心ある女性は当然いたはずです。長いい歴史をたど
ると、女性の芸術家が圧倒的に少ないことに驚かされますが、それは時代の状況が彼女
らの生まれもった才能を開花させることを拒んだとしか思えません。しかし自分の裡(う
ち)に突き上げる欲求を、それを押しつぶそうとする時代の状況にもめげず花開かせた女
性たちがいます。彼女たちは、すこしずつあるべき自分に近づこうと努力しました。自
分らしくありたいと、悩みもがいたのです。その葛藤こそが彼女たちの絵に、深い輝き
をもたらしているのだと思います。

 わたしが惹(ひ)かれるそんな女性画家たちのなかから、本書では10人を取り上げま
した。10人すべてにいえることは、自分の胸の内の違和感を様々な体験を通して克服
し、その道のりの果てに、個人を超えた大いなる命とおおらかに一つになっていること
です。その道のりは成熟への歩みともいえましょう。彼女たちの生涯をたどっている
と、大人になるとはどういうことか、のヒントが見えてきます。つまり自分を貫こうと
して現実という大きな壁にぶつかり、その苦しさをなんとか乗り越えるなかで人の痛み
を理解しやがては人と共に生きることが自分の歓びになっていく・・そんなプロセスで
す。たくさんの人と出会い、様々な体験を重ねて想像力を豊かにすることこそ成熟への
道のりであり、心が自由に解き放たれる歓びを深めるという、生きる上でとても大切
なことを、彼女たちは教えてくれているように思えてなりません。そんな女性画家 
10人を、その作品と生き方を通して、紹介したいと思います。

“女性画家10の叫び”  目次
Ⅰ いのち燃ゆ・・・三岸節子
  十九歳の自画像/さくらがさいた/不屈の情念/ボール紙のカルトン/恋と愛/ヴェロン
  村から/夫と妻/セーヌ河の寒風/茜色の海原/雲の上を飛ぶ蝶
Ⅱ 凜として晴れ晴れと・・・小倉遊亀
  気骨の人/決断/一枚の葉/修業/家族達/物みな仏/般若心経
Ⅲ アイデンティティへの道のり・・・フリーダ・カーロ
  真っすぐな眼差し/セピア色の写真/薔薇のコルセット/箱の中の恋文/便せんのキス
  マーク/ひび割れた背骨/インデイオの花嫁衣装/平原の孤独な裸婦/イホ・デ・チン
  ガータ/ちょっとした刺し傷/還るべき大地/ビバ・ラビダ(生命万歳)!
Ⅳ 心の奥への階段・・・レオデイオス・バロ
  無言の少女たち/反抗する心/過去からの決別/深層世界への旅/シュルレアリストの
  女神(ミューズ)/塔の中の母性/亡命/水源の探求/自立への道のり/暗号の解読
Ⅴ 大いなる命へ・・・ニキ・ド・サンファル
  魔法の小箱/ダデイの目/ライフル銃/苦渋の花嫁/鼓動する宇宙/横たわるナナ/タ
  ロット・カード/女帝の微笑み
Ⅵ 心の声を聴く・・・ケーテ・コルヴィッツ
  ベルリンの「ピエタ」/一冊の日記帳から/樫の大木/ブレーゲル河岸の屋敷/カンテ
  ラの明かり/愛らしい笑い声/深い皺/種を粉にひくな
Ⅶ 鬼と遊ぶ・・・桂ゆき
  良い子の肖像/心の中の受信機/ドブの中/鬼が騒ぐ/地獄のカマ/ゴンベとカラス/虚
  と実の間
Ⅷ 心の底の大切なもの・・・いわさきちひろ
  梯子をのぼる/小さな心/見えない大きな力/不幸なできごと/日の丸の旗/初めての自
  立/出会い/黄色い絵の具/戦火のなかの子どもたち
Ⅸ パステルカラーの憂愁・・・マリー・ローランサン
  さなぎから蝶へ/画学生と詩人/絹のレース/愛妾たち/脱皮/研ぎ澄まされた鏡/甘や
  かな開花/ミラボー橋/愛しのパリ/薔薇と恋文
Ⅹ 歩み続ける開拓者・・・メアリ・カサット
  宿命/知的な貴婦人/異端者/パリのアメリカ人/寂寥/新しい光/日常の情景/浮世絵の
  女たち/開拓者精神

※『女性画家10の叫び』 は杉並区立図書館に所蔵されています。
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